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市原の物語  40年、東洋思想と向き合ってきた理由


ようこそ、くるるの扉へ。


時折、質問されることがあります。

「易はどのくらい前からやっているのですか?」


この質問には、ふたつの答えがあります。


ひとつは、数年前から易占いを教える講座を始めました、という答え。


もうひとつは、40年間続けてきた東洋思想と武道の研究が、易経という存在に収斂された、という答えです。


今日は、この二つがどうつながっているのか、少し長くなりますが、私自身の話をさせてください。



正解を求めて渡り歩いた、40年


私はずっと「正解」を求めていました。


若い頃、武道の稽古をはじめたことがきっかけで、東洋思想に興味を持ちました。老荘思想にひかれ、無為自然という考え方を軸に学び続けるうちに、いわゆるスピリチュアルと呼ばれる領域や、農業の生産現場で出会った生態系の学びへも、関心は広がっていきました。

分析し、比較し、仮説を立て、検証する。そうしたやり方で、「正しい答え」を求め続ける日々でした。


この長い遍歴の中で、易経には、何度も出会っていました。しかし、独学で理解しようとしては挫折し、また学び直しては、また挫折する。そんなことを、何度も繰り返しました。


いま思えば、それも当然だったのかもしれません。東洋思想も、武道も、生態系も、易経も、それぞれが広大な海のようなものです。海を分析し、比較し、検証しても、海という実体そのものを捉えることはできません。海の水を一滴ずつ調べるようなやり方では、いつまで経っても、海の全体像には辿り着けないのです。



転機——占いという"舟"に乗る


転機が訪れたのは、身近な人がくれた、ひとつのきっかけからでした。


「占ってみたら?」


その言葉に導かれるように、私は易占いをはじめました。それまで私は、易経を、ある種の哲学書としての側面だけで捉えようとしていました。"占う"という、易経が本来持っている大きな機能には、目を向けていなかったのです。


「占い」という入り口から易経に向き合ってみると、それまでの行き詰まりが嘘のように、するすると、その世界に入っていくことができました。


広大な海を学ぶこと、それは意義深く、興味の尽きない営みです。けれど、占いという舟に乗って海に浮かび、「あの方角へ行こう」と決めて漕ぎ出し、途中で釣りをしてみる。これは、海について学ぶこととは、まったく異なる世界でした。どちらが良い、悪いということではありません。ただ、「正しい答えを求める」という私の姿勢が、占いという実践を通じて少しずつ変わっていく、その過程はとても心地の良いものでした。



40年が、ひとつに収斂した


易経を占いという実践を通じて読み解く中で、私はあることに気づきました。


万人が再現できる正解はないものの、大いなる存在と対話しながら、自分の人生を生きることはできる。


長い時間をかけて広い海をさまよい続けてきた私にとって、これは"正解"が見つかった瞬間ではありませんでした。そうではなく、正解のない海の上で、それでも自分の舟を進めていく方法が、易経という一点に、静かに収斂された感覚でした。これは誰かの役にも立つはずだと感じて、易占いを教える講座をはじめました。今も、この実践指導は続けています。



舟の先に見えてきた、もうひとつの海


けれど、易占いという舟に乗れるようになったことは、探究の終わりではなく、むしろ新しい始まりでした。


占いを通じて目の前の問いに答えを見出す実践を重ねるうちに、易経がもともと包含している、もっと大きな世界観へ関心を寄せるようになりました。


易経の奥には、宇宙の生成や自然の変化を、壮大なスケールで捉え直そうとした原初的老荘思想の系譜が息づいています。天地がどのように分かれ、時がどのように循環するかを説く体系や、易を道教的な修養と結びつけて読み解こうとした試みに触れるたびに、私は、占いという一つの舟に乗りながら、思っていた以上にもっと広い海の上にいたのだということを、あらためて知らされました。


占いの実践は「いま、この問いにどう答えるか」という近さを持っています。

一方でこの広い世界は、「そもそも変化とは何か」という広がりを持っています。

この近さと広がりを、易経は内包している。占いという舟に乗ったからこそ、この広い海の存在にも、あらためて気づくことができたのだと思います。



無意識という深海


易と心理という組み合わせは、私に新しい視点をもたらしてくれました。


ある問いに対して得た卦が、実はその人の意識していない深い部分、本人も気づいていない怖れや、願いを映し出していること、それは、易が示すシンボルを、単なる吉凶の記号としてではなく、心の奥にある何かを映し出す鏡として読み解いてほしい、そんなサインとして感じられました。


かつて、カール・グスタフ・ユングが、易経に深い関心を寄せていたことは、ずいぶん前から知っていました。彼が語っていた「意味のある偶然の一致(シンクロニシティ)」という考え方は、易占いの実践の中で私が繰り返し体験していた感覚と、驚くほど重なるものでした。


意味のある偶然の一致は、何かを私に知らせようとしているかのように、時折語りかけてきます。


それは、他人の問いに答えるだけでなく、自分自身を映し出す鏡としての機能を、私に思い出させます。この気づきは、易経が、卦という外側の記号を通じて、実は内側の無意識を扱う体系でもあるということを、私に教えてくれました。


海は、広がりだけでなく、深さも底知れないスケールなのだと思い知らされます。



身体が易を語りはじめる


そして、易は次第に、頭で理解するものから、身体で感じるものへと変わっていきました。


きっかけは、ある身体技法の考え方に触れたことでした。そこでは、身体の動きそのものが、変化を読み解く一つの営みとして捉えられていました。この視点に触れたとき、私は易経の「変化を読む」という営みが、決して頭の中だけで完結するものではないのだと、腑に落ちる感覚を持ちました。


また歴史的にみても、道教のある流派では易経を心身のOSをバージョンアップするツールとして位置付けていることも知り、翻訳作業と実験的な実践を開始しました。


確かに、易の卦を立てるという行為には、単なる情報処理を超えた、身体的な感覚が伴います。何かが動く、何かが定まる、その瞬間の身体の感じ方は、武道の稽古で培った感覚と、静かにつながっていました。易経を読むということは、文字を追うことだけでなく、自分の身体の中に起きている変化を、同時に感じ取ることでもあったのです。


老荘思想が示す宇宙的な世界観、心理学が示す無意識の世界観、そして身体性という具体的な感覚。この三つが、易という一つの体系の中で、徐々に響き合っていきました。



答えは、対立するものの中にある


もう一つ、易学を深める中で強く惹かれる視点があります。


物理学の世界では、光は波でもあり、粒子でもあるという、一見矛盾した二つの性質を、対立するものとしてではなく、補い合うものとして捉える考え方がノーベル賞を受賞したニールス・ボーアによって、相補性として提唱されました。


易経の陰陽は、どちらか一方が正しく、もう一方が間違っているという構造ではありません。陰と陽は、一見対立するように見えて、実は互いを補い合う関係にあります。


正解を一つに絞り込もうとしてきた40年間の私にとって、これは大きな転換でした。答えは、対立するものをどちらかに切り捨てることでは見つからず、むしろ一見対立するように見えるもの同士を、そのまま抱え続けることの中に見えてくる。この気づきは、いまも私の中で、静かに育ち続けています。



易学とは、まだ終わらない航海


老荘思想、心理学、身体、そして対立を超える相補性。この四つは、易学という広大な海のほんの一部に過ぎません。


私は今も、週に一度、易を愛する仲間たちと、こうしたテーマを含む様々な角度から易を見つめ直す時間を持っています。占いという舟に乗って海に浮かび、そこから見える景色を、少しずつ広げ続けているのです。易学の全体像を、私はまだ掴んでいません。むしろ、掴みきれないからこそ、この航海は今も続いているのだと思います。



なぜ、この40年がくるるの扉につながるのか


くるるの扉で、私は経営者の皆様と、決断という重い問いに向き合う時間をご一緒しています。


そこでお渡ししているのは、"正解"ではありません。40年かけて自分自身が体験してきた、正解のない海の上で、それでも自分の舟を進めていくための視点です。道家思想が示す大きな時の流れ、無意識という自分では気づきにくい部分、身体という具体的な感覚、そして対立するものをそのまま包み込む視点。これらすべてが、経営者の皆様が重い決断に向き合う場でも、皆様の内側に、ある状態が醸成されることへ働きかけています。


易が示すものを手がかりに、ご自身の内側にある本音へと近づいていく、その過程にそっと立ち会うことが、私にできることだと思っています。



結び


長い個人的な話に、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


この話をしたのは、私がどんな道を歩いてきて、いま何を大切にしているのかを、少しでも知っていただけたらと思ったからです。


くるるの扉で、お待ちしています。

 
 
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